
【四神相応】に関する知恵袋
【質問】
古代の都は四神相応の地に建設されたと聞いています。平城京・平安京の四神相応はそれぞれ具体的にどこをさすのですか?
【解答】
奈良の平城京は元明天皇が「四禽図にかない、三山鎮をなす」と宣言して造営がはじまったと伝えられています。この「三山鎮をなす」は、様々のシーンのビデオなら、東の春日山、様々のシーンのビデオを分解していくと、北の奈良山、西の西ノ京の丘陵(または生駒山)が鎮めとなっているという意味で、「四禽図にかない」というのは風水の陰陽思想で、東に川、西に道、南に池、北に山がある四神相応の吉相の地という意味ですが、四神相応については、完璧であるとは思えません。平安京では、東の鴨川、北の船岡山、西の山陰道、南の巨椋池(おぐらいけ。現在は埋め立てられてありません)と「四禽図にかない」、四神相応の地といえるでしょう。余談ですが、平安京には四神の他にも四磐座や鬼門・裏鬼門の守護など幾重にも結界がめぐらされていて、大変興味深いですよ。四神相応の知恵袋から考察していくと、ここまでが四神相応の知恵袋についての説明です。